文責:スタジオ☆ディーバ・チーフヘアメイク
高 木 寸 子


<初めに>
就活に関するNHKの番組に出演したときのことです。女子大生から「大学でアンケートをとったところ半数以上の人が就活でメイクをすることに疑問をもっている。何故、就活でメイクをしなければならないのか。メイクって強要されてまでするものなのか、本来の自分らしさを偽っている気がする」という意見がでました。
私は様々な大学や朝日新聞社の就活セミナーなどで「就活のための自己プロデュース」として、身だしなみやヘアメイクについて講演をしていますが、メイクをすること自体が疑問だという意見や質問は今まで出た事がありませんでした(メイクを極端に嫌がるのは、別の精神的な問題を抱えている傾向が強く、個別のカウンセリングが必要な場合が多い)。逆にメイクで個性を出す方法や、流行のメイクでは何故いけないかという質問が殆どでしたので、このような意見がでるとは思っていませんでした。でもよくよく聞いていると、自分のしたい時に、好きなようにメイクをするのならいいけれど、強要されるのはいやと言うことに突き当たるようです。でも自分の好きなことをする、好きなようにすることが自分らしさを表現することなのでしょうか。それともう一点、不思議に思ったことがありました。ヘアとメイクとは別々なものとして考えていて、就活用に髪を黒く染めたり、一つに縛る事には特段の疑問も持たず当然と考え、強要とは感じていないという点でした。なぜ、ヘアとメイクでそんなに意識の違いがでるのでしょう。そもそも自分らしさとは、いったい何なのでしょうか。ここではこの疑問に答えながら「就活メイク」が必要な理由とポイントを解説したいと思います。


<第一印象は初めの5秒で決まる>
ディーバはもともとコマーシャルの撮影をするスタジオです。コマーシャルでは消費者が思わず手に取りたくなるように、商品イメージをプロデュースしますが、パッケージのデザインが変わっただけで、売り上げが何倍も変わるのはよく言われることです。同じように、身だしなみを整えるだけで、人から見られるイメージも全く変わります。人は出会ってから最初の5〜6秒で印象が決まると言われ、しかもその6割以上が視覚、つまり外見に影響されるという心理学者の調査結果があります。そしてその印象は、特別なことが無い限りその後も大きく変わらないと言われています。つまり髪型もメイクも服装も、更には表情や姿勢、目の動きなどの外面的な要素が全て一体となって印象が決まるのであり、ヘアとメイクは別々に考えるものではないのです。そして、何より重要なのは、それを判断するのは自分ではなく、他の人だということです。それも家族や友人ではなく、全くの赤の他人で年代も違う人たちが殆どです。まずその点をよく頭に入れてください。


<学生と社会人の違い>
では学生と社会人の意識はどのように違うのでしょうか。
私は講演のときに例としてコピーをよく取り上げますが、例えば学生の時にコピーを取るのはどんな場合でしょう。試験の前に友達のノートをコピーしたり、レポートを書くときの資料としてコピーをする。そんな場合が多いのではないでしょうか。その場合は「自分の為」のものですから、斜めに曲がっていようと、掠れている部分があろうと、自分が必要なポイントさえコピーされていれば気にもならないし、問題もありません。ですが社会人になってのコピーは全く別です。例えば会議の資料として上司から指示されたり、取引先やお客様にお渡しするものだったりと「他の人の為」のものになります。曲がって原稿が切れたり、掠れたりしていては失礼なだけでなく、資料として成り立たないことさえあるのです。と言うことは、コピー一つをとっても、学生と社会人との違いは、自分の為のものではなく、人が見たときにどう見えるかを意識したものに変わります。つまり学生から社会人になって大きく変わる点は、何事においても「自分のため」から「周りの人のため」へと心のベクトルがシフトすることです。同じように自分の好きなヘアメイクやファッションは自分が楽しむものですから、社会人としてのベクトルの向きとは異なり、配慮や気配りが足りないことになります。西洋のドレスコードと同様に、社会人は、その場に相応しいか、他の人から見られた時にどう見えるのかを意識したヘアメイクやファッションを心がけることがとても大切です。このように、全ての点において学生から社会人への意識改革が重要なのです。


<メイクはマナー?>
メイクをするのは「マナーなのか」という質問もありました。確かにマナーの要素は大きいと思います。どちらかといえば日本は個性より調和を重んじる文化です。個を主張するより、周りのことを考えて気配りができる人が「大人」として好まれます。社会人になれば、一つの行動をするために、周りにどれだけ気を配れるか、どう見られているかを気にかけることが大切になるのです。そしてマナーとは、全ての考えや行動の基準が自分にあるのではなく、回りに対して気配りをする事です。仕事の話をするのに、仕事と関係ない事に気を使わせないよう、相手を思いやって行動する。この部分で「マナーとしてのメイク」が必要になります。このように「メイクをする」という行動は同じでも、実は考え方のベクトルの向きが色々とあるのです。「社会人」として必要なのは、人から見て、よい印象かどうかを考えることです。メイクをしなくてはならないのではなく、身だしなみとして外見を整えること、つまり人に不快感を与えず、安心感や信頼感をもたれる印象とはどのようなものかを理解して、自分自身をプロデュースする事が大切なのです。そして、その考えの下に実際のメイクや、髪形があって、それは「マナーとしてのメイク」という事になり、それは「身だしなみ」として、女性に限ってではなく、男性にも必要なものです。


<メイクは企業(相手)に気に入られるため?>
「企業に気にいられる為にメイクをするのはおかしい」との意見もありましたが、これは随分とネガティブな考えです。気に入られる為にではなく、逆に心配や不安を持たせないようにと、気を配ったアグレッシブなメイクをしましょう。前記の通り、第一印象は初めの5秒で決ります。その時に面接官が不安を持てば、どんな立派な自己PRをしても、その不安はなかなか拭えません。逆に第一印象がよければ、自分にとっても無駄な時間とエネルギーを使うことなく、自己アピールに専念できるのです。それにちょっと考えてみてください。そもそも「相手に気に入られるように」と考える事は悪いこと、相手を騙すことなのでしょうか。例えば好きな人とデートする時、誰でも相手の好みを気にするでしょう。それはおかしい事だったり、自分を偽ったりする事でしょうか。
面接でどんなところを見てほしいかを学生達に聞くと、「本来の自分」とか、「自分自身の人間性」という言葉が返ってきますが、では本当の自分って何でしょう。友達の中の自分、両親の前の自分、兄弟、姉妹の中の自分、後輩達の前の先輩、逆に先輩の前の後輩としての自分、彼や彼女の前の自分、それぞれの場面で全部違った自分がいませんか?そしてそれは全部本来の自分であるはずです。
「様々な自分」のどの部分を見せるかが重要なのであって、就活は「働く意欲と熱意」をアピールするものです。その為に自分自身の第一印象をどうプロデュースするかが大切なのです。


<企業が求める人材とは>
では実際に企業はどのような人に入社してほしいと思っているのでしょう。
私はキャリアアドバイザーとしても大学や企業に行っていますので、様々な会社の人事の方とお話することも多いのですが、どの会社でも、欲しいのは「健康的で、明るく、清潔感があって、働く意欲と覚悟がある人が一番」とのことです。実は「健康面や明るさ、清潔感」等は「安心して仕事を任せられるか」と言う点と、意識下でリンクしています。そしてそれは写真を始めとする第一印象で判断されるのです。人が何かを判断するときには無意識の深層心理に負うところも多いのです。
つまり、社会人として一番大切なヘアメイクのコンセプトは、「綺麗」とか、「可愛い」、「かっこいい」という点ではなく、「その会社の一員として、取引先やお客様の前に安心して出せるか、また社会人として仕事を任せられるか」という点です。就活は社会人への第一歩です。「どんなヘアメイクがどんな象徴的な意味を持って、人から見られるか」を理解することが大切です。
同じく社会への第一歩となる就活の身だしなみも、「綺麗」や「可愛い」、「目が大きい、小さい」などは全く問題ではなく、全体の印象が「安心して人前にだせるか」「しっかり仕事ができそうか」「一緒に仕事がしたいか」という点に尽きるのです。


<なぜ健康的で明るい人?>
「健康的な人」がいいのは当たり前のことです。今日は頭が痛いの、お腹が痛いと会社を休まれていては仕事になりません。営業や打ち合わせに出ても、相手に健康状態などという仕事以外の個人的な問題で、心配をかけるようであれば社会人失格です。仕事には効率性も求められるのです。無駄な時間がかかるということは効率も悪く、経費も余計にかかります。「24時間戦えますか」というCMがありましたが、ホンネを言えば、会社としてはそのくらい働いても元気一杯、強靭な身体の人でなければ困るのです。

「明るい性格」は何事もポジティブに考え、行動しそうに見えます。少しくらい注意されても凹まず、前向きに仕事を進めてくれそうです。注意された人の機嫌のフォローなんて会社はやっていられません。ネガティブな性格でストレスを抱え、健康を害されでもしたら、会社としてはたまりません。ですから接客のあるサービス業は勿論、営業や販売、金融でも明るい人柄のほうが好まれます。それに誰だって「暗い」、「怖い」表情で対応されるより、明るい笑顔のほうが気持ちいいですよね。

「清潔感がある」というのは「だらしなく見えない」、更には「きちんとしている」との方向に連想が進みます。学生は「自分が好きなもの、自分がいいと思うものがベスト。それが自分らしい」と思っていますが、社会人は全く別の基準でその人を見ています。
2年ほど前のある新聞社の面接会場で、男女とも、靴だけポラロイド写真を撮っていたことがあります。靴がよごれていたり、踵が踏み潰された靴をはいている人はいったいどのような印象で見られるでしょう。何となくだらしなくて、いい加減な印象になりませんか? それに比べ、靴までピカピカに磨かれていると、「細かいところまで気の配れる人」との印象を持ちますよね。でも、なぜこんなところを見るのでしょうか。それはその部分を通して、その人の「行動特性」を見ているのです。日ごろから、細かい点に注意できる人なら、仕事も細かく注意して行うだろうと連想するからです。よごれた靴で駆け込んできたのでは、時間も仕事もギリギリで、何でもいい加減な人、という印象が強調されます。ですから採用担当者からすると、だらしなく見える人は無意識に、信頼できず不安を感じ、不採用となるわけです。
ところで面接では何度お辞儀をすると思いますか。一回の面接で少なくとも4〜5回はお辞儀をします。その度に髪を直していたらどうでしょう。それだけでなく、顔にかかった髪を手で直す仕草はどう見えるでしょう。喫茶店などで髪を触りながら飲み物や料理を運んできたら嫌な気分ですよね。その動作は多くの人に不衛生と感じさせ、それが意識下に刷り込まれているので、顔に髪がかかっていると清潔感が感じられなくなるのです。
さらに、小顔に見せるため顔を髪で覆うヘアスタイルが流行ですが、自信のない時や恥ずかしい時、髪で顔を隠すしぐさを無意識に誰でもしますよね。ということは、顔の周りに髪がかかっていると、それだけで自信がないように見えてしまいます。就活は「働く意欲」をアピールしなければならないのに、自信がないようでは逆にマイナスイメージになってしまいます。
最後に就活は「ナチュラルメイク」が基本ですが、実はこれにも理由があります。ナチュラルメイクは肌の中にある色だけでメイクをします。肌の中にある色とは肌の色を中心に陰になる茶色、上気した肌や唇のピンクやオレンジで、全て肌色の同系色でトーンも似ています。色彩学では同系色の配色は心情や内面を表現するものとされています。ですから、ナチュラルメイクは自分を偽ったり、着飾ったりするものでなく、より本来の自分を表現するものなのです。


<最後に>
ところで、このマナーともいえる「就活ヘアメイク」は万国共通の考え方でしょうか。おそらく日本固有のものでしょう。なぜなら、それは日本の文化や国民性とも関係していると思うからです。どちらかといえば日本は個性より調和を重んじる文化で、子供の時から周りと協調することを躾けられます。逆にそれは、家族や学校という「籠」の中で、「調和する」という名目により、社会から守られてきたともいえるのです。全くの「個」として、初めて社会へ飛び出す為の就活は、特に日本において、「大人の社会への通過儀礼」だともいえるでしょう。そしてその中に「就活ヘアメイク」があるのだと私は考えています。そもそも欧米においては協調性よりも、個人の能力を優先して子供を育てますし、社会も実力本位です。日本のように一斉に就活をする事もないので、特別に「就活ヘアメイク」を考える必要はないのです。
「風姿花伝」という世阿弥の書があります。簡単ですが、一言で言えば「身なりを整えて日々努力すれば、それに相応しい人に成長できる」ということでしょう。綺麗にメイクをしただけで自信が持てたという感想もよく聞きます。社会人として相応しいメイクをし、努力をすれば、自信がもてるだけでなく、社会人として相応しい人に成長できるのです。人間は社会的な動物です。つまり、就活メイクの存在理由は「社会に向けた自分の顔を獲得するため」といえるのです。
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